
山法師満開 2026年6月11日 小岩井農場
『生きることを体験するため』
なぜ生まれてきたのか
なぜ生きているのか
生きている目的は何か
生きてゆく上で1番大切な事は何か。
などの問いに対して、今までその歳その時々に答えを出してきた。
例えば
「与えられた命に対して誠実に生きるため」
「自分は何をしに生まれてきたのかと言うことを自覚して、その役割を果たすため」
あるいは
「太古の昔から作り続けられてきたものとして在る」
など
これらは、自分の意識が「考え出した」ものだった。
睡眠と覚醒の間の直後
意識と無意識の間
目覚めた瞬間に
思いもよらない言葉が浮かぶことがある
63歳の今日のそれが
「生きることを体験するため」
というもの。
なぜ生まれてきたのか
なぜ生きているのか
そんなことをずっと思っていた訳ではないのに
突然やってきた。
「生きることを体験するため」
それはなぜ生まれてきて、なぜ生きているのか
という問いの答えとして
普遍的な言葉であるように思う。
苦しみの中でそれを思えるか
不幸の中でそれを思えるか
何不自由ないものの言い分ではないか
との思いもあるけれど
少なくとも
今まで頭で考えていた
どこかで聞いたような意味付けよりは
ポジティブでもネガティブでもなく
自分を責めるような
あるいは周囲から責められるような辛さもなく
肩肘張らず
無理せず
素直に受けいれられる表現だと
自分の発想なのにおかしいけれど
妙に納得している。
始まりがあれば終わりがあり
今世の時間は有限だから
「生きることを体験するために生まれてきた」
という突然の発想を
心の奥底には留めておこうと思う。